昭和五十六年五月二十六日 朝の御理解


御理解第四節
「此方金光大神あって天地金乃神のおかげを受けられるようになった此の方金光大神あって神は世に出たのである神からも氏子からも両方からの恩人は此の方金光大神である金光大神の云うことに背かぬ様よく守って信心せよまさかの折りには天地金乃神と云うに及ばぬ金光大神助けて呉れと云えばおかげを授けてやる。」


昨日は二十五日の幹部研修会でしたが、いろいろ皆さんが合楽理念実験そして実証しておられるその過程、又それによって頂く 現われてくるおかげ、そういう話を勿論合楽の幹部と云われる方達ですから 見事に実験実証しておられるもようを聞かせてもらいました中に、或る方が最近或る教会の大祭を拝ませて頂かれた。
 合楽で御大祭を頂いておりますから、そのあまりものいろんな雰囲気というか有難さというかの違いにまあ 或る意味に驚かれて、最後のお説教も或る有名な先生がなさったけれども、本当にまあいうならば聞くに堪えないようなお話であったと。後からゆっくり会が済んだ後に又聞かせて頂いたんですけれども、兎に角私は教祖の御教えを行じてもおりませんけれども というお話ぢゃった。
 だからどんなにすばらしいお話であっても、御教えであっても行事ておらずしてそこから良い信心話が生まれてくるはずもなからなければ いうならばここでは信心はせぬでもおかげはやってあるという程度のおかげなら受けておる証拠に、金光教という看板をかけておりゃ、やつぱり教会が立ち行くという事だけは立ち入ってますもんね。潰れてはいないですね。今日は久留米の初代、石橋松次郎先生の帰幽日です。私は大祭は若先生がいつもまいりますから、帰幽日だけは私が必ずお礼参拝さして頂くわけですが、例えばお徳を受けられたという先生方の場合は、そう例えば頂かれたその御教えそのものを、自分の命、いや命以上として行じ抜かれて御比礼を受けられた道が開けたんですね。例えば福岡の初代なんかは、馬鹿と阿呆で道を開けと仰せられたから、もう本気で其の事に取り組まれた事でしょう。だからあの御比礼だつたでしょう。
 久留米の初代に至っては四神様から受けられた「なあ石橋さん信心辛抱さえしとれば物事整わぬ事ないぞ」と教えられた。
 これが久留米のシンだと云われております。いうならばただの辛抱ではない。神様えすがっての辛抱である。信心辛抱して私は思うのですけれども、おそらくは初代が御晩年の頃の御信心というのはもうすでに辛抱という言葉すら 石橋先生の場合は要らなかったのぢゃなかろうかと思う程しに信心辛抱の徳が身についておられたんだと思います。そういう信心辛抱の中から なら初代はどういう信心をなさったかと云うと「天地神明に不足を云わず」と云う御信心なんです。おきてくる総ての事柄をまあ合楽で云ならば ね 不足を云わずに受けて行きます、という生き方なんです。それをやはり身の信条としてね、いうならば命や いや命以上の物として信心修行に励まれた所にです、いわゆる信心辛抱の徳、そしてあのいわば今日にあの御比礼が残っておりますような御比礼ともなったんだと思うです。なら合楽でこうやって皆さんが日々御教えを頂いて下さる。昨日の皆さんの一人一人の体験発表はもう それぞれその教えを行じ、又そこから生まれてくるリズム。そのリズムに乗りに乗っての体験発表でした。ですからもしそれがなされない、教えが行じられないならば、私はどんなにすばらしい合楽理念といえども値打ちはないと思う。合楽理念を行じておりませんけれども、おかげは頂いておりますと云うのならば、昨日の或る教会でのお説教の先生の話と同じ事になって聞く者をしてまあ云うなら聞くに堪えない。時間が勿体ないと思うような結果になってくるわけです。
 今日のこの御理解はまあ云ならば、合楽のシンでもあります。
 天地日月の心になる事肝要なりね。それこそ信心はせんでもおかげはやってあるのであるし、教えを守らなくてもおかげを受けておるのが今日の合楽の御比礼です。
 教えは守らなくてもおかげはやってあるね、それにです天地日月の心というのが合楽理念に基づいて、自分の信条になって行くときに、はじめてね その合楽理念を行ずる事によって受ける御神徳。それは天と地の心と私共の心が一つになって交流し合い 合楽し合いそこから生み出されてくる時であります。
 信心はせんでもやってあるというおかげとは違うのです。ね、
 新たに生まれてくるのです。天地金乃神様がただ、一様に信心のない者にでも下さっておるおかげとは違うのです。
 合楽し合うてそっから生まれてくるおかげなんです。その限りない生み出されてくるおかげを頂く為に、どうでも合楽理念をマスターしてそれを実験し実証していくおかげを受けなければならんと云う事ですよね。
                       どうぞ